指導員&職員の紹介

石咲 成章

この仕事で、最も印象に残っている出来事は?

津ドライビングスクールの50周年イベントということで、毎年行っているワンディスクールの中で「二輪デモンストレーション」を実施した事です。

言い出したのは私であったので、私自身が監督という立場でさせて頂きました。実施が決まる前には当然上司にも相談しました。「やってみろ」という一声で私の背中を押していただきました。

やるからには中途半端なものではなく、納得できるものではなりません。問題は練習する時間があまりないことです。

「報酬は一切ない。残業手当も出ない。津ドライビングスクールの名誉のために私に協力してもらえないか?」私が選んだメンバーに最初に言った言葉です。

練習は想像以上にハードでした。その日の仕事を終わってから練習し、遅い日は23時くらいになったこともあります。また、休校日のほとんどが練習になりましたが、メンバー全員が休むことなくがんばってくれました。

「本番当日は雨になる事もあるので、そのためには雨の日にも練習しましょう」と言ってくれたメンバーもいました。本当に頭の下がる想いです。

会社や上司、そしてメンバー全員の協力のもと、デモンストレーションは成功することが出来ました。この事により多くのことを学べました。

メンバーのスキルアップはもちろんですが、皆で一つのことをやり遂げた達成感や一体感は言葉では説明出来ません。

こういった体験をしたメンバーが今後、たとえ形が変わっても、後輩に伝えていってほしいです。

永谷 謙一

受講生とのストーリー/エピソード

今から30年以上前、当時教習指導員1年生だった私が、60際代の女性(Hさん)を担当することに。
年齢差は40歳近く、最初はどのように接して良いのか戸惑い心配しましたが、案外気さくな方で、ホッとしました。

技能教習初期の頃は外周走行どころか発進、停止もままならず、急ブレーキ&急発進の連続。
ダッシュボードに両手を突っ張ることが、1度や2度ではありませんでした。

Hさんは、そんな状態を知る余裕もなく、鼻の頭に汗をにじませ懸命になって車を動かすのでした。 私は頭のなかで一瞬「教えるすべがない」という気持ちが頭を過ぎりました。
しかし、Hさんの懸命な姿を見ていると、そんな気持ちを片時でも抱いた自分が恥ずかしくなり、私も根気よく指導にあたりました。

教習が終わり、車から降りてきた時、Hさんは「ありがとうございました。」と何度も何度も、頭を下げて帰られました。
そんな後ろ姿を見て「絶対、この人が喜んでもらえる指導をする」という決心しました。

その後、仮免技能検定は7回目で合格、私のところに報告に来てくれた時、Hさんの両眼からは涙が溢れ出ていました。
私自身も胸からこみあげてくるものを懸命に押さえながら「おめでとう、本当によかったね」と繰り返したのをとてもよく覚えています。

小原 修

なぜ、この仕事をしているのですか?

私は昔から「学校の先生になりたい」という夢があり、その夢の実現のために教員資格が取れる大学に行きました。

いざ就職活動に入ると、時代は少子化、教員の採用数も厳しく、途中で教員(先生)になることをあきらめ、一般企業への就職を目指すことにしました。

何社かは試験を受けたりして内定をもらっていましたが、何か納得できず、就活を続けていました。そんなとき、大学の求人票の中で目にしたのが、津ドライビングスクールでした。

「そういえば自動車学校の教官も先生やん、人にものを教えるという点では学校の先生と同じだ」と思い、面接を受け、採用され、現在に至っています。

岩津 宗昭

受講生とのストーリー/エピソード

何年か前に、50歳の女性が普通二輪の教習に来られました。
初めての教習、技能1回目を担当しました。

女性の年齢・体型・力を考えると、二輪免許の取得が難しいと感じ、1回目の教習が終わった際、わたしは苦心しながら「お金・時間がかかります。普通免許取得を考えてはいかがですか?」とお伝えしました。

すると女性は「わたしの夢なんです。どうしてもバイクに乗りたい。お金・時間は覚悟しています。」と仰いました。

余計なことを言ってしまった。なぜ「がんばりましょう。サポートします。」と言えなかったのかと反省ました。

教習は、一本橋やクランクが通過できず、時間がかかりました。
最短時間数の2倍ほどかかって、検定を迎えました。

残念ながら、1回目は不合格でした。
「落ちました。」笑顔でした。「1回で合格するなんて思っていないです。」と言われました。

2回目の検定。合格しました。
「先生、合格したよ。ありがとう。」笑っているのか、泣いているのか、わからない表情で握手をしました。わたしも涙が出てきました。

「安全運転でバイクを楽しんでください。」とお伝えしました。
わたしは彼女から「あきらめないことの大切さ」を学びました。

佐藤 貴之

この仕事で、普段大切にしていることは?

まだ自分が新人だった頃、ある高校生の路上教習を担当しました。
その高校生は、速度が速かったり、車間距離が狭かったりしたので、指導したのですが、なかなか改善しませんでした。

最後には歩行者保護もできずに路上教習を終えることになりました。
自分の指導力不足を痛感し、悔しくて思わず指導員室で泣いてしまいました。

今、振り返ってみると泣いたことは非常に恥ずかしいのですが、教習に対しては「熱意」を持って取り組んでいたと思います。

入社して13年目になりますが、今後もその「熱意」だけは忘れずに、教習に取り組んでいきたいと思っています。

上田 唯斗

この仕事で、普段大切にしていることは?

教習生と仲良くなること。教習以外の会話をして、どのような人物か知る。また、知ってもらう。それで教習が楽しい、自動車学校へ行くのが楽しいと思ってもらえたら良いと思います。仲良くなると教習の話をしても、聞く気になってくれます。そうすると、説明の足りない点、質問等が出てきます。それを説明して分かってもらうとともに、その教習生がどのようなことがわからないか出来ないかを知ることが出来ます。

指導を行う際には、伝え方、言い方に気をつけています。それによって相手側の受け取り方も変わると思います。ずっと出来ないところをガミガミ言われても嫌になってくると思うので、会話をして仲良くなり、質問しやすい雰囲気、聞く気になる雰囲気作りをして、一つでも自分の教習の中で出来るようになることがあればよいと思っています。

上記のようにはなかなか上手くいきませんが、この気持ちを忘れないようにしていきたいです。

杉田 和也

なぜ、この仕事をしているのですか?

親戚のおじさんが、私が小さい時にバイク事故で亡くなりました。友人と二人乗りをしていて事故になりました。身内からその様な事故が起こるとは思いませんでした。

私が18歳になったとき自動車学校へ入校(津ドラです)しました。

その時、今はもう退職しましたが、ある学科教習の名人指導員の方が行う教習を受け、毎回々感動していました。私もこの様な教習を行い、心に残る言葉を伝えて、当校を卒業した方には事故とは一生無縁の生活をしていただきたいと思います。

事故にあった身内の悲しみと、先輩指導員のやる気がこの仕事をしている理由です。

小原 弥生

なぜ、この仕事をしているのですか?

人の話を聞くことが好きだからです。

教習の中では、教習生の方の考えや、分からないことをしっかりと聞き、教えてもらうことが運転を上達させるための第一歩だと思います。

最初から苦手なことや分からないことを自分から積極的に聞いてくれる人は少なく、運転だけを見て一方的な指導になってしまうと教習生の求めている指導ができない為、教習生の方の話を良く聞く必要があります。

なかなか緊張から話をしてくれないですが、それでもじっくりと話を聞いて、分からないことをうまく話せないながらにも、私に話そうとしてくれることが嬉しくて、この仕事を続けています。

中西 学

受講生とのストーリー/エピソード

自分が検定を担当した高校生が、当社に入社し、今では検定員として新しい安全運転者を育成していることです。

前山 典子

受講生とのストーリー/エピソード

仲の良い3人(彼氏・彼女・友達)の高校生がいて、それぞれを何度か担当したことがありました。

高速教習でも、たまたま私が担当することになりました。仲の良い3人だったので、後部座席に乗った2人は楽しく話し始めました。そこに運転手までルームミラー越しに話に入ろうしたので、
「アカン!!」と私が言うのと同時に、
「前見て!!」と後ろの2人も注意したのです。

その時のことは今でも覚えています。

それから数年後、彼女の妹さんも入校して頂いたり、彼氏と彼女が結婚し、子どもが出来たことも聞きました。
今は、彼女のお父さんがスクールバスの運転手をしています。
何だかご縁を感じます。

増井 将

受講生とのストーリー/エピソード

受講生とのエピソードで印象に残っている事は、苦労して卒業した年配の女性に初めて目の前で泣いて感謝された事です。

教習中はあまり感情を出さないタイプの方なのでビックリしてなぜか私も泣けてきた記憶があります。

小田 芳輝

この仕事で、普段大切にしていることは?

私の友人が二十歳のときに交通事故で命を落としました。
友人が亡くなったことは当初全く実感がなく、バイトにも普通に来るのではないか…と思うくらいでした。

ただ、葬儀に参列した際に友人の母親が号泣する姿を見た時にひどく心を痛め、このような不幸はあってはならないと強く思いました。

そのような経緯があるので教習中は事故がどれだけ身近にあるのか、人は簡単に死んでしまうことを伝え、事故にあわないような運転者となってもらいたいと思いながら仕事をしています。

松本 茂

受講生とのストーリー/エピソード

30数年前に教えた教習生が高齢者講習で津ドラに戻ってくる。
講習で「先生、久しぶり」と声を掛けてくれる。
手を焼かせた人ほど懐かしく、何となく覚えているものである。そんな再会が好きである。

講習で「元気でな、事故をしたらあんかんに」と別れるが、数年後の再会を楽しみに、事故をするなと案じる毎日です。

山岡 瑞枝

受講生とのストーリー/エピソード

指導員になり路上教習に出始めた頃、渋滞のため交差点手前で停止していたら、追突されてしまいました。後方から来ていた車の運転手は、携帯を操作(わき見)していたようです。

私は、事故にあったこと自体が初めての経験で動揺しましたが、私以上に教習生が驚いていたので、気にしすぎないようフォローしつつ、相手の方と警察へ行きました。

今では、学科の教習で「運転中の携帯操作(わき見)の危険性」というのを、事故にあった時の気持ちも含めて、経験談として教習生に伝えています。

川北 健司

この仕事で、普段大切にしていることは?

教習生の方は、年齢、性別、生活環境など、様々な方が免許取得という一つの目標に向かって来校されます。

私は免許が取れるのだろうか?他の教習生みたいに上手に出来るのだろうかと、心の中で不安に思っているためか、初めての運転で緊張がひどく手足に力が入り思うようにいかない生徒が多くいます。

「最初から上手に出来る人はいませんから安心してやって下さい」などと言葉をかけ、笑顔でたまに冗談を交え、教習生の不安を取り除き、リラックスして教習ができる雰囲気を作るのを大切に、また、内容をわかりやすく親切丁寧に教えることが重要だと考えています。

内藤 裕次

受講生とのストーリー/エピソード

60歳を過ぎたご近所の方に「私、免許取れるかなー」といきなり聞かれました。
「なぜ、今頃からそんな気持ちになったのですか?」と聞くと「私、カラオケが大好きなんです。歌をうたうと若くなるんです」とのこと。

しかし「毎回カラオケに行くのに、他人に乗せてもらって気を使うし、家も早く出なければならなくて。今ここで思いきって免許を取って、自分で車を運転して行きたいときにカラオケに行けるようになりたいの」とものすごい勢いで話をしてくれました。

私は「もちろん応援しますよ」と答えました。

津ドラに入校して、学科は全て1回合格。但し技能は人の3倍ほど120時間くらいはかかりました。その甲斐あって、検定は1回合格!
免許センターも1回合格、晴れて免許を手に入れました。

その後「自分で好きな時間にカラオケに行けて、あの時思いきって本当によかった」と会うたびに言ってくれて、色んな方を紹介して頂きました。免許の喜び、楽しみを伝えてくれた人です。

小嶋 美穂

この仕事で、普段大切にしていることは?

「すべての教習生が、自分の子供だったら」

この仕事で普段から大切にしていることは、安全運転者の育成です。
すべての教習生が「自分の子供」だと考えたら、絶対に事故にあってほしくない。

実技の面だけでなく、安全マインドも身につけて卒業してもらえるよう、日々心がけています。

橋本 雅幸

この仕事で、最も印象に残っている出来事は?

大型二輪の指定(公認)を取るためには、当校の練習生が、免許センターでの技能検定に10人連続で合格しなければならない、という極めて高いハードルがありました。

いざ検定で、1人目の受検者が無事に合格しただけで有頂天になりましたが、続く2人目の結果は急制動で不合格となりました。
10人連続合格への挑戦は振り出しに戻り、一から出直しとなりました。

その後、徹底してスキルアップに励みました。
教習車のクラッチがわずか1500キロの走行で全部すり減ってしまうまで走りこみました。
上司から大目玉をもらいましたが、必要な練習だと噛み付きました。
今思うと好き勝手にやらせてもらったと思っています。

そのおかげもあり、以後の受検者は10人連続で合格することができました。
10人目が合格したときは、教習生の前で人目もはばからず、嬉しくて大泣きでした。
高い目標に挑戦する勇気と感動を教習生から与えてもらい、全ての関係者に対し感謝の気持ちがこみあげてきました。

またこの時の経験と受検生からは多くの事を学ばせてもらいました。そのノウハウは、今の津ドラの教習に大いに活かされています。

鈴木 和弘

なぜ、この仕事をしているのですか?

この質問は、教習生によく聞かれる質問です。

入社したころは、車が好きだから等と答えていました。でも、子供が出来、免許を取得する歳に近づいてくると、もし子供が車を運転していて事故にあったらと考えるとしっかり教育しなければならないと思いました。

子供と教習生がだぶってみえてくるようになり、出来ないことが出来るようになったりして喜んでいるのをみると、私自信も嬉しくなったりします。

オーバーではありますが、人に喜びを与えられる仕事と感じているからです。

加藤 貢

受講生とのストーリー/エピソード

忘れることの出来ない一言があります。

平成22年7月某日、取消処分者講習を終わって玄関先で受講生を見送った時、「先生ちょっと」と声を掛けてきた20代前半の男性(2歳の子持ち。両腕に刺青入り)がいました。

「何だろう」と思った直後、「俺、先生の子供だったら良かったのになぁー」と言われました。

取消処分者講習の基本は「法を教え、立派な交通社会人として道路上に帰す」ことである。その日の受講生9人を見渡し、講習内容を変更し、人間育成(形成)に主眼を置いたことから、先の言動になったものと思いました。

「馬鹿な言葉を使うでない。中学卒業時まではきちんと育ててくれたこと」「今、一児の父親であるのはこの元があったればこそ」等をその男性に話したことがありました。

昔からよく言われる言葉に、「その一声、その一言が…」がある。人を傷つけるのも、善き導き方も全ての基本は言葉。「相手の内心に入っていく言葉」である。職員として、社会人として肝に命ずべきと考えています。